【短編小説】母と女と一人の男

作品(小説・随筆)

どうも、葉暮です。

小説を書き始めた頃の手書き原稿が出てきました。

短編というより掌編に近い小説です。
久々に読み返しました。

当初の題名は「母と女」でしたが、改題しています。
少し手を加えたのでここで発表します。

 母親を盗られたという思いが男の女性観を形づくっていた。愛すべき母、憎むべき母、二つの母が彼が求める女たちの中にもいた。
 男を憎んでいながら、男なしでは生きられない母の性質を、少年時代の彼は解れなかった。それも当然かもしれない。もの心ついた頃には父はおらず、「父」という安物の仮面を被った男たちがいた。彼らは母にとっては、その時々の「愛すべき人」であったのかもしれないが、少年にとっては自分から母を奪う「敵」であり、また同時に心に巣喰う孤独の「糧」であった。
 母親は男が十一の時に、突然姿をくらませた。まさか男を追って家を出たらしいとは、大人たちは彼に話さなかったが、彼にはもう十分察しがついていたのだった。
 後に大人になった男は、自分の元を去った女たちに自分を捨てた母を重ねることがよくあった。こわれ易くもろい、「愛」と呼ばれる、なんとも頼りない幻想にすがろうとする母が、どうしたことか今ではそれほど憎いとは思われない。ましてや、当時のように殺してやりたいなどとも思えない。殺すにはあまりに頼りない殺意で、あまりに情けない母親だったからだろうか。
 男は自分を捨てた母の残香を逢う女の中に追っていた。街で買う女たちにも母親の面影を見てしまうと、どういうわけだか追わずにいられないのだった。この巨大なパラドックスに彼自身が気づいていなかった筈はない。しかし、それを彼は結局どうすることもできなかったようだ。母を求める少年の小さな影が、大人になりそのまま心の影となったからだろうか。

 男の母親が死んだ。死因はくも膜下出血だったらしいと、縁戚の者から伝え聞いた時、碌に自分を振り返らなかった女を遠い地で失くしたような気持ちになった。懐かしいというのではない。男にはさほどの感傷も湧いてはこなかった。母の死は他人の死と表面上は何らの変わりもない。ただ、自分がほんとうに独りなのだという頼りない天命を固くしたに過ぎない。だが、肉体は精神に矛盾した。男は、これまで以上に女を求めた。母の死を知ったことで、不思議と母の面影は彼の中に一層濃くなったようだった。だが実際は、求めれば求めるほどに女たちは彼を疎んじ、また彼を遠ざけた。

男が木下咲桜きのしたさくらというデリヘル嬢を渋谷のラブホテルの一室で殺害したのは、母の死から半年後のことだった。

捕縛された際、男は血まみれになった女の乳房の上に顔を横たえて、ドアを破って入ってきた者たちをぼんやり眺めていたのだという。
殺された女は彼の母親に似ていたのだろうか。殴打されたらしく赤紫色に腫れ上がったその顔からは、うかがい知れなかったらしい。

いかがでしたでしょうか。
よろしければ他の方へご紹介くだされば幸甚に存じます。

著者:葉暮

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