【随筆】記憶の影

作品(小説・随筆)

自分にも子供ができて(現在1歳数ヶ月)、自分の子供の頃を思い出すことが多くなった。

そして、子供の世話をしているときに、いかにも自然に一番古い記憶に還っている自分を見つけることがある。

僕にとって一番古い記憶というのは、藍染に白抜きされた格子縞のチャンチャンコを着せられ、祖母に抱っこされながら家から五分ほど坂を下った先にある畑の脇に立っている光景だ。

畑の向うが正面の小山の裾に蟠る闇に溶けている。

真冬だったのだろう。

雪が降った後のようで、青い闇の中に景色が白く浮き上っていた。

畑の脇を用水路を流れる水が雪片を抱いていた。

祖母がその時どのような表情をしていたのかは憶えていないけど、祖母のあたたかさのなかで僕は眠ってしまったのを憶えている。

僕が小さい頃(三十年以上前)には、横浜にありながら冬には今より頻繁に、しかもずっと多く雪が降っていた。

やはり温暖化は自分がこれまで生きてきた年月の間にも確実に進行しているようだ。

私が育ったのは横浜でも外れの方だったが、そこにも横浜らしい起伏ある地形が広がり、どこへ行くにも坂にぶつかる。歩行者泣かせな道ばかりだ。

小学校に上がると、僕は子供の足で家から30分はかかる距離にある小学校に通った。僕が学区内に住む一番遠い生徒だったかもしれない。

小高い山を越えていく(横浜にありながら、当時は田園風景の名残がある地域だった)のだが、当時の僕にとっては大袈裟な言い方かもしれないが、冒険というか遠足に出るような気持ちで登校したものだった。

もし自分が家を離れている間になにか起こったら……

不安と恐怖と、雀躍とした気持ちをない混ぜにして希釈したような感情が、朝家を出る時分の僕の胸を領していたのを今でもはっきりと思い出せる。

家を出て一番最初の角を曲がる瞬間、僕はいつも自分の家を振り返っていた。

そして何回も振り返りながら、

今日も僕が帰るまでこの家はあるのかな? 潰れてなくなっちゃうんじゃないかな?って思っていた。

もしかしたらこの景色を見るのが最後になっちゃったりするのかな?と。

同時に僕はうっすらと天変地異をどこかで冀ってすらいたかもしれない。

天地がひっくり返り、すべてが空に墜ちていく光景を思い浮かべるのが好きな子供だった。

小学生の子供がこんなことを想像するんだ?と今では思うけど、

当時の僕にはいわれぬ不安と悲しみを薄めたような感情がいつも流れていて、「あたり前な日常」をどこかで疑っている自分が確かにいたのだった。

この小さな不安と悲しみは僕の心底に今でもじとりと湿っていたりする。

それは、祖母に抱かれたときに感じたぬくもりと相俟って、甘い憂愁となって思い出すたびに僕の心を浸すのだ。

葉暮

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