【連載小説】刃物(第三回)

作品(小説・随筆)

どうも葉暮です。

全4回を予定している『刃物』の第三回目となります。

どうぞお召し上がりください。

     (三)

「そうそう、それでね、警察が話すには、うちの息子が同じ塾に通っていたクラスメイトとどういうはずみか喧嘩になったらしいのさ。それで相手の乗っていた自転車を壊したらしい。まぁ、そこまではよくある話なんだけど、相手の親父さんが出てきてね、『うちの息子になんてことしてくれた。あんた、自分の息子にどういう教育してんだ』って顔を真っ赤にして怒りたけってるんだ。息子が自転車を壊してしまったのは、本人も認めていることだし責任のあることだけど、喧嘩に至ったのにはなにか事情があるような気がしてね。息子の肩を持つわけじゃないけど、『もし、うちの息子が通りすがりにお宅のお子さんの自転車を壊したのなら、全面的にうちの子が悪いでしょうし、こちらも納得できますが、喧嘩して、と伺ってますからなにかよっぽど理由があってのことと思います』って言ってね。しばらく押し問答があるうちに、三台停まっていたパトカーは一台だけになり、先程の署員が見計らったように、『どうされますか。少年課でお話を伺ってもいいんですが』と署のほうに眼を遣る。そして、『これはまぁ子供の喧嘩なんでね』と暗に親同士で解決してくれるよう含みのある言い方で付け加えて、こちらを見た。その眼が同情的というか、どこか穏かだったもんだから、俺は相手の父親が警察を呼んだんだろうと思ったよ。なんて言って呼びつけたんだかは知らないけどね、まぁ、パトカーを三台も寄越すくらいだから、殺されそうだとかなんとか、余程過大に話したんだろう。警察のほうも肩透かしを喰わされたらしく、正直迷惑そうだったよ。相手の親父さんもぶち撒けるだけ撒いたら、怒りが鎮まってきたのか、警察の態度が予想外だからだったか、前ほどの威勢もくなってきてね。そこへうちの嫁が風呂上りだし、来ないだっていいって言うのに、『向うだって母親が来てるんでしょ!』なんて駆けて来てね。とりあえず息子を引き受けに署に行ったよ。それで、結局相手の親御さんには、理由はどうあれうちの息子が自転車を壊したことは間違いないのだから、本人も認めているし、こちらで弁償して、改めて謝罪に伺うことにしたんだ。自転車は車輪のフレームが大きく曲がっちゃって、『お前、どうしたらこんなにできるんだ?』ってくらいな状態だったんだけど、自転車屋に持っててさ、頼み込んでなんとか修理してもらったよ。それから菓子折を持って嫁と二人で相手方の家へ往ってね。例の父親は不在だったけど、向うのお母さんに頭下げて帰ってきた。家に帰るとね、息子が待ってたのか(きっと、気に掛かってたんだろうな)、『謝りに往ってたの?』なんて訊いてくる。うちの嫁も特に何も言わなかったようだし、もう過ぎたことだから、俺も頷くしかしなかった。結局、その場はそれで終ったんだよ。年が明けて息子はまた以前と変わらず塾に通うようになったし、喧嘩のことももうそれきり聞かなくなったから、親としてはまぁなんとかやってるんだろうくらいに思ってね……三村くん、前髪は前回と同じくらいの長さでよかったんだね? それか少し長さ残すかい?」
 またいつの間にか店主の話に入り込んでいた私は、不意打を喰ったようになった。前回と同じで構わないと伝えて、続きがあるのかないのか、なかなか先が見えない店主の話を待っていた。店主は私の前髪を整えると、ちょうど掛かってきた電話を取りに、一言私に断って離れた。どうやら予約の電話らしい。
「明日の十時からでしたら空いてますよ……ええ、明日の十時でよろしいですか?……」
 相手は常連だろうか。丁寧な受答えの中にもどっこか親しみの滲むやり取りを自分も聞くともなく聞いている。そういえば、私はこの店に通うようになって一度も他の客と列席することはなかった。二席あるので、二人までは同時に客を取れるようになってはいるが、実質店主一人で回している店なので、今はそこまでの余裕もないのかもしれないし、もしかしたら近い将来に息子の涼平が父を手伝うまでのことかもしれない。私はなんとはなしにそんなことを思いながら、手持ち無沙汰に改めて店内を見回した。壁のあちこち燻し銀の額縁に収まった古いモノクロ写真──マリリン・モンローやプレスリー、マレーネ・ディートリヒなど、三十年代から五十年代らしいアメリカのスター達の写真が飾られてある。店主との会話で耳を傾ける余裕がないのが常だが、音量を適度に絞ったBGMには、私の知らない往年のオールドミュージックが流れ聞こえてくる。これらはおそらく先代の趣味だったものかもしれない。鏡越しに店主と会話を交わす際に、彼の背後で横顔を見せながら煙草を口に咥えるカート・コバーンの版画風にデザインされたグラフィック画が店の雰囲気の中では異色だったが、こちらが二代目の趣味だろうと直感された。確か初めて来店した際に、話の糸口を探るのに、このが眼に留まり褒めたようにも思う。店主はネットオークションで二千円ほどで落とした代物だと自嘲したが、その実かなり気に入っているらしかった。それが糸口となってニルヴァーナの話で盛り上がった。鏡越しに改めて眺めると、煙草を燻らせ真剣な眼差しでどこをか見凝(みつ)めるコバーンの横顔は、心なしか物憂げで疲れて見えた。煙のような儚さが漂うようだった。⇨次回へつづく

さあ、次回はいよいよ最終回です。

これからどのような局面を迎えることになったのか、乞うご期待。

それではごきげんよ。

葉暮

これまでの話はこちら

・第一回
【連載小説】刃物(第一回)

・第二回
【連載小説】刃物(第二回)

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