【連載小説】刃物(第二回)

作品(小説・随筆)

どうも、葉暮です。

前回に引き続き、全4回を予定している『刃物』の第二回目となります。

「私」は理容店「店主」と親しくなるにつれ、彼の息子について店主の口から語られることとは……。

どうぞお召し上がりください。

     (二)
 赤城さんは二代目店主らしい磊落らいらくな気性を私に感じさせた。私も時折友人か知人の家へでも遊びに行くと言ったら言い過ぎかもしれないが、どこか許せる気分で通うようになっていた。髭を剃ってもらう際の緊張も眠気に攫われていく時さえあるようになった。意識がやわらかい絹に包まれたようにまどろみかけた頃合に、「はい、三村くーん」という店主の間延びした声を合図にシートもろとも現実に引き戻されることが度々になったのは、「ルージュ」に通いはじめて一年ほど経っていた時期だろうか。
 その頃には、私は赤城さんの家族のことは愚か、彼の妹家族や誰だか知らない親戚筋のことさえも聞かされていた。齢のせいなのか、他の客にも話すせいなのか、以前に聞かされた憶えのある話をも繰り返されるので、月に一度の話も次第に私の拙い記憶に濃く深く残されることとなった。
 おそらく赤城さんに息子の涼平の話をさせたのも、私たち夫婦に息子が生まれて子育てに追われている近況を彼に語ったことが手伝ったようだった。なぜだかその日のことを私は忘れることができそうにない。十月も残すところ二週間を切ろうという土曜日の夕刻だった。私は暮れなずむ空を見ながら、「ルージュ」のある坂の下へ通づる道を歩いていた。ちょうど一月前に髪を切りに往った時にはまだ残暑に蒸されるほどだったのが、幾日かの長雨を過ごした東京の街は、さらに一枚多く服を重ねなければ寒いくらいに季節が進んだ。十七時前ともなると、足元にはすでに闇が濃い。坂を下りて小さな四辻を三つ渡って道なりに行った先が「ルージュ」なのだが、店の周囲はすでに夜更けたようだった。
 サインポールがいつものように三色の帯を絞り上げている傍らで、軒灯けんとうの淡い光とガラス扉を漏れる店内の白い光とが、ちょうど歩道と車道との境に混じり合って溜まっていた。
 ガラス扉に手を伸ばした時、私の眼は既に主人の小さい後姿を捉えていたが、その背中にはいわれぬ「疲労」が乗っかっているように私は感じた。長年立ち仕事をしている人間に見られる特有のものかもしれない。だが、私がそう感じたのも気のせいだと思わされてしまうほど、振り返った主人の顔は屈託なく、むしろいつにも増して機嫌がいいようで饒舌だった。私は安堵にも似た気持ちを覚えながら革張りのシートに腰掛け、いつに変わらず主人とたわいない世間話に花を咲かせた。
 主人が一通りの世間話から私の息子の近況(この時分の私にはすでに生後半年になろうという息子がいた)を引き継ぐ形で自らの息子について語り出したのは、バリカンを鋏に持ち替えて、鉢の部分を梳くように切っている時だった。
「いやぁ、三村くんの子供の話を聞いてると、自分の子供の頃やなんか思い出したりしてさ……。ほら、うちも息子がいて、昔はああだった、こうだったってことを思ったりするんだよ」
 私が息子の話をすると、店主はこう言って息子の話を始めるのが常だったが、この日もまた例外ではなかった。ちなみに、赤城さんの話によれば、息子の涼平は三代目として店を継ぐべく別の理髪店で修行しているとのことだった。
「三村くんもこれからだよ。子育ての正念場は」と一訓を垂れてから、「やっぱり思春期だなぁ、大変なのは。誰しもが通るもんだから仕方ないっちゃないんだろうけど」と、私の髪にさくさく鋏を入れながら続ける。私は先を促すように主人の人の好さそう肥えた顔を鏡越しに見ながら、「息子さんの頃って、やっぱり大変でしたか?」と訊いた。店主は私が多少なりとも耳を傾けてくれているのに気を良くしたらしい。手元と鏡越しの私を交互に見ながら、時折手を休めさえして次のようなことを語り出した。
「思春期で言うと、今でも忘れられない話があるんだよ。うちの息子が……(ここで思い出すように手を止め、天井を眺めながら首をひねる)、当時中二くらいだったのかな。塾にってて、あれがあったのは十二月二十八日だったのを今でも憶えててね、年末最後の授業の日だったんだ。その夜にね、突然警察から電話がかかってきてさ。何事かと思って話を聞いてみると、『お宅の息子さんが友人と喧嘩をして、相手の自転車を壊してしまったようなんですがね。今、署の者が事情を訊いてるんですよ』なんてはなすもんだから、うちの息子が何やらかしたんだろうって驚いてね。嫁はちょうど風呂に入ってるし、とりあえず警察が言うところの現場であるT公園にチャリ漕いで行ったんだよ。そしたら、パトカーが三台も停まってるんだ。いよいよ何事かって思ってると、署員の人なのかな、警察官が『お父さんですか』なんて近づいてくる。うちの息子が何したんですか?と当然訊くと、その署員、少し困ったような顔してね、『実は……』なんて始める。あ、三村くん、横の長さはいつもと同じでいいの?」
 私は、いつもどおりで構わないことを伝えて、話の続きを促した。すると、「そう、それでね……」と店主はまた手元と鏡の中の私を見比べるようにしながら話し出した。⇨次回へつづく

さて、この先店主はどのようなことを語り、またどう展開していくのでしょうか。

次回を乞うご期待。

それでは、皆さまごきげんよ〜。

葉暮

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