【連載小説】刃物(第一回)

作品(小説・随筆)

どうも葉暮です。

全4回に分けて連載小説を掲載します。

今回はその第一回目です。

『刃物』と題した通り、日常と人の心に閃く白い刃を意識して書きました。

どうぞご堪能ください。

    (一)

 引っ越しをする度に髪を切ってもらう場所を探すのが面倒なのは私だけだろうか。決まった所に通い続けられればいいのだが、通っていた店から少しでも離れてしまうと、月にせいぜい一度くらいの頻度とはいえ、私はものぐさな、、、、、人間なので足が遠のいてしまう。通っていた店からすると、私のような客は薄情者に映るかもしれない。
 かといって、自分では切れないし、頼める人もない。髪を伸ばし放題にしているのも、そのうち鬱陶しくなって我慢がならない。特に夏の時季には耐え難い。それになんだかんだオシャレでいたかったりもする。このように自分にとってさえメンドクサイ私なので、ブツブツ言いながらも結局は近場にある美容院なり理髪店なりをネットで調べて行くことになる。そのうちには行きつけの店がまたできる。
 さて、私が割合近所にある「ルージュ」と言う理髪店に通い始めたのは、都内のS区に越してきて半年後かそこらだったと記憶する。最初に訪れた理由は、やはり近所にあったからというのと、以前通っていた美容院で予約が取れず、どこでもいいから切ってほしいという投槍なげやりにも似た気持ちからであった。
 店は都内であってもやや郊外の雰囲気を感じさせなくもない、長閑のどかとも閑静とも言えば言えなくもない住宅街の一隅にあった。各停電車しか停まらないJRの小駅と、これまた急行列車を素通りさせる私鉄の駅から徒歩十分程度の立地にあり、一戸建て住宅の一階部分を店にしている、まぁどこにでもある町の床屋をイメージして遠くないだろう。
 店内は坪にして十坪かそこらで、半分が理容室、もう半分が店主の妻であるセラピストが使用していて、ユニットが二台あるだけのこじんまりした店だった。これもまぁどこにでもある理容室のそれとさのみ変わらないだろう。改装したらしく店内は清潔で、掃除も行き届いていた。
ガラス扉を開くとチリンと頭上で鈴が鳴り、店の奥で洗い物をしているか、箒を手にした小柄な後ろ姿がこちらを振り返る。そして、五十年配にしては若いよく通った声で、「やあ、三村君。いらっしゃい」と、まるで友人にでも会ったような挨拶をする。眼鏡の奥の眼を細めた屈託ない笑顔で、私を奥のユニットへ案内する。その無造作な応対が却って私の惰性に染み入ったのかもしれない。理容室へ行くのは高校生以来だった私は、なんとなく懐かしい気持ちがしていた。美容院でのカットと違い、理容店では霧吹きで濡らした髪にバリカンを直に入れていく。バリカンで顳顬部分から襟足の方を刈り上げて、滑らすように櫛で梳かすと、今度は鋏で後頭部から前へと切っていく。鉢から先程バリカンで刈り上げた部分が馴染むようにレイヤーにしていく。
 美容院であればここで客が確認して洗髪し乾かした後に、マッサージやスタイリングなどして了るのが大抵だが、理髪店では顔をあたる。シートを倒して仰向けにした状態で、店主は顔全体を蒸しタオルで覆った上から両手で軽く抑える。蒸気に毛穴が一気に開いていく。数十秒程そのまま置かれている間に、背後では石鹸をシェービングブラシで泡立てる軽快な音が聞こえてくる。
 蒸しタオルを外されると、ひんやりと肌に空気が気持ちいい。と思ったのも束の間、石鹸の生温かい泡とブラシの毛先が右頬の辺りをくすぐる。店主の手が動いて、泡が肌の上に弾ける感触を覚えていると、今度は肌に鋭利な冷たさが表皮の上を一寸のズレない線を引くようになぞっていく。そこには一種のあやまれない緊張があって、暗黙の中を主人の手から私の血中に通うことがある。そんな瞬間に出遇う時、私の脳裏にはその昔読んだ志賀直哉の短編小説『剃刀』という小説の場面場面がなぜだかよぎるのだった。熟達の理髪師が、体調が悪いのに無理を押して仕事に臨んだ結果、剃刀で客の首を切ってしまう話だったと記憶するが、そう思ってみると、確かに理髪師は客の生殺与奪せいさつよだつの権を剃刀一本に握っているともいえる。美容師とても鋏という刃物を持って客に対するのだから同じ様でもあるが、なぜだか、私には理容師と対するほうがより信頼を要求せられている気がするのだった。これ程、深刻に考えている客など実際には少ないのかもしれない。あまり考えると恐くなってくる。おそらくは私の思い過ごしなのだろう。だが、剃刀で肌を剃ってもらっている時だけは、私は閉じた瞼の裏にくれないが閃くのをどうしても意識してしまうのだった。
とはいえ、髭を剃った後の爽快感というのは美容院では味わえない心良さだ。緊張からの解放もまた、一役買っているのかもしれないが。
 「ルージュ」の店主である赤城さんは、二代目で生まれも育ちもこの土地の人だった。私がこちらへ越してきて日が浅いのを知ると、いきつけの飲み屋やバーなどを紹介してくれたり、私が同棲していた女性との結婚を考えていた頃にも、自分の場合を引き合いに出しながら、私の新しい門出を励ましてくれたりもした。そうこうするうちに、せいぜいが月に一度だとはいえ、店に行けば世間話だけでなくお互いの家族のことについても話をするようになったのだった。⇨次回へとつづく

最後までお読みいただきありがとうございました。

次回もまたよろしくお願いします!

ごきげんよ〜

葉暮

あわせて読みたい

よろしければこちらの作品もどうぞ召し上がれ↓

【短編小説】呼び声

コメント

タイトルとURLをコピーしました